『余白の美』英訳版

十四代酒井田柿右衛門著『余白の美 酒井田柿右衛門』の英訳版が作年(2019)の三月に出版文化産業振興財団(Japan Publishing Industry Foundation for Culture、JPIC)により出版された。英訳版タイトルは “The Art of Emptiness,” Gavin Frewが翻訳を担当し…

フレディ・マーキュリーとアフリカに渡った伊万里

イギリスのロックバンド「クイーン」の軌跡をそのボーカリスト、フレディ・マーキュリーを主人公にたどる映画「ボヘミアン・ラプソディ」(2018年 11月公開)の大ヒットで、栃木県足利市の栗田美術館に多くのファンが訪れているという。 栗田美術館は…

江戸の盆栽愛

四月の中旬、柿右衛門窯公式ホームページの「窯便り」に都忘れの鉢植えの写真が掲載された。 小型長方鉢の四面は赤地に四段の丸紋つなぎで、白の丸紋の中に緑と黄、心が赤の十字花が描かれている。柿右衛門作品の地文の一つで、十四代柿右衛門は濁手作品の…

初代柿右衛門の伝記物語

日本で初めて赤絵磁器の焼成に成功した初代酒井田柿右衛門(改名前:喜三右衛門)(1596-1666)の物語は、歌舞伎や国語の教科書で取り上げられて以来、多くの児童書や漫画の伝記物語シリーズ、又単行本として登場してきた。 榎本虎彦作 世話物狂言「名工柿右衛門…

広島の皿山

太平洋戦争終結から73年目の今年、8月のはじめNHK ETV特集 シリーズ アメリカと被爆者 第1回 「シュモーさんを探して」とラジオ第二の宗教の時間「平和の家を作る」でアメリカ人森林学者で平和活動家フロイド・シュモー(Floyd Wilfred Schmoe 1895-2001)…

皿屋敷

夏の風物詩といえば、怪談。日本三大怪談に数えられる「皿屋敷」は、主家の家宝の十枚揃の皿の一枚を破損、又は紛失したことを咎められ、殺されて井戸に投げ込まれた奉公人お菊が、幽霊となって夜な夜な悲しげに皿の枚数を数え、一枚足りないと恨むという各…

地図皿 若き陶工の異国への想い

1616年に朝鮮陶工李参平が肥前有田(現佐賀県)の泉山で良質の磁石鉱を発見して以来、有田、秘境大川内山に藩窯が置かれた伊万里は窯業の中心地となり、色絵磁器の優品を作ってきた。伊万里の港から積み出されたことから、この地方で作られた焼物全般は伊万里…

染付皿の中の冒険

白磁の胎に鮮やかな藍の絵柄の染付は、日本では江戸時代初頭に朝鮮半島から渡来した陶工によって技術が伝えられ有田で生産がはじまった。 装飾は日本の茶人に珍重された中国の古染付を倣い中国風だった。 山水、人物、身近な動植物ののびやかな絵柄が自由な…

昭和中期の有田の窯場

昨年有田焼は創成四百年を祝った。磁器の優品を作り続けた有田窯業の現場、窯場とそこで働く陶工を田中太郎と夫人の優紀子は油絵と短歌に印象的なスタイルで描き出した。 有田に暮らした洋画家田中太郎は昭和中期、二十年代、三十年代の窯場や有田の風物を…

才次郎と民吉(三)

加藤庄三は『民吉街道:瀬戸の磁祖・加藤民吉の足跡』に、「民吉に関する芝居や小説は、身分を隠し、染付の秘法を盗みに行ったことになっているが、スパイと修業では大変な相違である。民吉は各地の寺の住職に身元証書を書いてもらい紹介状を持ち窯元に修業…

才次郎と民吉 (二)

江戸時代末期、八百年の陶器生産の歴史を持つ窯業の中心地尾張藩瀬戸は厳しい状況に置かれていた。庶民の生活の向上で焼物の需要が拡大していく中、藩が殖産興業政策で窯屋を保護し利益の増大を図るシステムを築いていったが、窯屋は藩からの拝借金の利息支…

才次郎と民吉(一)

日本でいち早く磁器焼成に成功し美しい色絵を完成した有田焼は、国内外で高い評価を得、肥前鍋島藩の経済を支えていた。 藩はその技術の漏洩を防ぐ為、窯業者の相続、移動などに厳しい規定を設け、材料、製品を管理下に置いた。高い技術と芸術性を認め、産業…

悲運の名工 副島勇七

十七世紀初頭に磁器焼成、次いで色絵付けに成功した有田の焼物はずば抜けて優品であった。積出港の名をとり伊万里焼と呼ばれ全国に出荷され、有田が海外貿易が唯一許されていた長崎に近いこともあり、焼物は藩のドル箱的存在であった。 藩は山に囲まれた大…

吉川英治:「芸術には国境がない」

『宮本武蔵』、『新・平家物語』、『三国志』、『親鸞』等著した国民的時代小説作家吉川英治(1892-1962)には、江戸初期の肥前を舞台に名陶工を描いた三作品がある。 「彩情記」(別名「隠密色絵奇談」)は名匠と評判高い窯元旧家の鶴太夫の身に起きた悲…

幸田露伴の「椀久物語」― 美術史を語る物語

朝鮮陶工李参平が肥前有田(現佐賀県)の泉山で良質の磁石鉱を発見して、今年で四百年を迎えた。有田、秘境大川内山に藩窯が置かれた伊万里は窯業の中心地となり、色絵磁器の優品を作ってきた。伊万里の港から積み出されたことから、この地方で作られた焼物全…

平岩弓枝(二) 里隠れ

有田焼赤絵(色絵磁器)の生産は鍋島藩の重要な産業なので陶技が他領に漏れないよう採石から、土作り、成形、焼成、絵付けまですべて分業にし、その総仕上げの色絵付けに携わる赤絵屋は内山の一角に集められ、皿山代官が監視と保護にあたった。しかし有田の…

平岩弓枝のドラマ: 海の向こうの有田焼

1616年に朝鮮陶工李参平が肥前有田(現佐賀県)の泉山で良質の磁石鉱を発見して以来、有田、秘境大川内山に藩窯が置かれた伊万里は窯業の中心地となり、色絵磁器の優品を作ってきた。伊万里の港から積み出されたことから、この地方で作られた焼物全般は伊万里…

三好十郎の『峯の雪』と戦時下の有田

戦後七十年の今夏、様々な視点から太平洋戦争の検証がなされる中、六月の初め〝埼玉県川越市の川原に大量の陶磁器製の手榴弾の弾体が投棄され野ざらしになっている”ことが新聞やテレビで報道された。投げ捨てられ割れた弾体の山は、戦時中、陶磁器の手榴弾に…

ギャラリーフェイク

江戸時代初期、初代酒井田柿右衛門が赤絵付けに成功して以来400年近く、乳白色の素地に明るい色絵を持つ柿右衛門磁器は広く愛された。日本の焼物の代名詞ともいえる柿右衛門が、大切な食器、高価な骨董、九十九神の宿る器、理想郷のシンボルなど、人々の…

オリエント急行にも“ボタン”が落ちていた

江戸時代初期、初代酒井田柿右衛門が赤絵付けに成功して以来400年近く、乳白色の素地に明るい色絵を持つ柿右衛門磁器は広く愛された。日本の焼物の代名詞ともいえる柿右衛門が、大切な食器、高価な骨董、九十九神の宿る器、理想郷のシンボルなど、人々の…

十津川警部「ななつ星」に乗る

江戸時代初期、初代酒井田柿右衛門が赤絵付けに成功して以来400年近く、乳白色の素地に明るい色絵を持つ柿右衛門磁器は広く愛された。日本の焼物の代名詞ともいえる柿右衛門が、大切な食器、高価な骨董、九十九神の宿る器、理想郷のシンボルなど、人々の…

大英博物館からカキエモンが盗まれた?

江戸時代初期、初代酒井田柿右衛門が赤絵付けに成功して以来400年近く、乳白色の素地に明るい色絵を持つ柿右衛門磁器は広く愛された。日本の焼物の代名詞ともいえる柿右衛門が、大切な食器、高価な骨董、九十九神の宿る器、理想郷のシンボルなど、人々の…

ヨーロッパを魅了した柿右衛門、アウグスト二世とマイセン、14日、15日 NHKBSプレミアムで放送

NHKBSプレミアム「プレミアムカフェ」〈9:00~〉は、4月14日から 16日まで、「陶磁器の美」を特集する。14日、15日は2003年、2004年に放送された2本のドキュメンタリーを中心に、17世紀後半よりヨーロッパに大量に輸出され、愛された柿右衛門、伊万里…

白い象がやってくる

2013年1月の記事「色絵象とグローバル経済の夜明け」で紹介し大英博物館所蔵の柿右衛門の白い象がやってくる。上野の東京都美術館で4月18日から始まる「大英博物館展―100のモノが語る世界の歴史」で展示されるため、柿右衛門様式の色絵磁器の二頭の…

「百婆」、赤絵創成の頃

有田は2016年、磁器創成四百年を祝う。 豊臣秀吉の二度の朝鮮出兵、文禄・慶長の役(1592-1598、朝鮮では壬辰・丁酉倭乱という)の撤退の際、多数の朝鮮陶工を連れ帰った。その中の鍋島軍に伴われ来日した李参平(日本名 金ケ江三兵衛)が四百年前の1616年有…

江戸市中の「有田」 (2)

山本一力の「蒼龍」は磁器の絵付けの図案コンテストに挑戦する江戸・深川冬木の大工弦太郎を描く。 「新年初荷売出しの、茶碗・湯飲み。対の新柄求む。色遣い四ツまで。白無地焼物に描くに限る。但し焼物、寸法とも品には限りなし。礼金五両、ほかに一対焼く…

江戸市中の「有田」 (1)

1616年に朝鮮陶工李参平が肥前有田(現佐賀県)の泉山で良質の磁石鉱を発見して以来、有田、秘境大川内山に藩窯が置かれた伊万里は窯業の中心地となり、色絵磁器の優品を作ってきた。伊万里の港から積み出されたことから、この地方で作られた焼物全般は伊万里…

「美とはなんだろう?」

2000年八月から翌年六月まで朝日新聞の朝刊に連載された村田喜代子の『人を見たら蛙に化れ』は北九州の田舎町で開かれる市に集まる骨董を生業とする三組の男女の物語を北九州、山口、ヨーロッパを舞台に描く。村田はこの小説は「美とはなんだろう?」という…

「柿右衛門」原マスミ様式

江戸時代初期、初代酒井田柿右衛門が赤絵付けに成功して以来400年近く、乳白色の素地に明るい色絵を持つ柿右衛門磁器は広く愛された。日本の焼物の代名詞ともいえる柿右衛門が、大切な食器、高価な骨董、九十九神の宿る器、理想郷のシンボルなど、人々の…

長谷川路可の屏風絵「或る日の柿右衛門」

江戸時代初期、初代酒井田柿右衛門が赤絵付けに成功して以来400年近く、乳白色の素地に明るい色絵を持つ柿右衛門磁器は広く愛された。日本の焼物の代名詞ともいえる柿右衛門が、大切な食器、高価な骨董、九十九神の宿る器、理想郷のシンボルなど、人々の…