江戸市中の「有田」 (2)

 山本一力の「蒼龍」は磁器の絵付けの図案コンテストに挑戦する江戸・深川冬木の大工弦太郎を描く。
 
 「新年初荷売出しの、茶碗・湯飲み。対の新柄求む。色遣い四ツまで。白無地焼物に描くに限る。但し焼物、寸法とも品には限りなし。礼金五両、ほかに一対焼くごとに、金二文。期限は本年八月一日。九月十五日、端選抜き(十五名)張出し。十一月一日、終選抜き(若干名) 張出し。売出し、新年二日」
 
 弦太郎は博打の失敗と身内の不始末の肩代わりで借金五十両を背負い、苦しい生活をしていた。絵心があり、図面や仕上がり絵図を描くのが得意な弦太郎は日本橋の瀬戸物屋岩間屋の茶碗・湯飲みの新柄公募の張り紙をみて、借金返済のためにと応募することにする。弦太郎は「一対焼くごとに、金二文」、作品が採用され、十万対焼いたら五十両返せると計算する。岩間屋は大店で、常陸国笠間の奥に自前の窯を持ち、ここで焼いた物を全国に卸している。
 弦太郎は初挑戦で、終選抜きまで残ったが初荷の器の絵柄には選らばれず、翌年、翌々年と応募を続ける。
 最終審査までいった一年目はカラスが雛に餌を与えている絵を描いた。 雛を襲う猫を果敢に追い払う親烏の愛情に心打たれ、感動を絵にした。 大工の道具の墨で鳥の姿を描いたが、くちばしを描く絵具を買えない。女房のおしのは赤い布で貼ったらと助言する。
 
 「そんなカラスがいるわけねえだろうに」
 「でも、、、、、、いる、いないじゃなくて、柄の見ばえがだいじでしょう?」
 「……」
 「墨に赤だと、焼き上がったとき映えるとおもうけど」
 
 二年目の作品は前年終選抜きまでいった柄の画料で買った群青の絵具で童を描いたが、終選抜きには残らなかった。 義兄が借金を作った廻船問屋の番頭孝蔵も玄太郎の才能を認め、挑戦を応援した。
 
 「カラスの柄には借金を返すために死に物狂いだという気合がこもってただろうよ。ところが今度のは、巧くなった分だけやわになった。きついこと言えば、素人が半ちくに黒がってるようなもんだ」
 
 「岩間屋が求めているのは、一品物じゃない。…… 数多く焼ける物を選んで、売れるだけ売ろうという腹積りだろう。」
 「選り抜いた柄を元絵にして、窯場の職人が総掛りでおなじものを手早く描くわけだ。そうだとしたら、余り込み入った柄はよした方がいい。カラスが残ったわけのひとつは、描きやすかったということがあったかも知れない。」
 
 弦太郎は度目の挑戦で龍を描いた。嵐でうねる川に立ちあがる波頭の群れを見て、龍を思い薄めの藍で描いた。
 弦太郎は借金を返すために始めたのだが、絵に打ち込んでいるうちに描くのが嬉しく、描きたい気持ちが強くなる。弦太郎の心境は絵付師はじめ物造りに携わる者の共有するものではないか。焼物の柄とは、良い絵付けとは、どういう絵付けが望まれるか、商売になるかなど登場人物に語らせる。
 
 いまのいままで、どうしてこんなにツキがねえんだって不貞腐れてたが、そうじゃねえ。描きたい絵が描けて、親方やら孝蔵さんやらに恵まれて、しっかり女房に病気ひとつしねえこどもがいて、きっちりおまんま食えて。みんな嬉しそうに笑ってらあ……。
重てえ気分が、すっきり消えた。
肝心なところで、おれはきっちりツキがあるじゃねえか。
 
 物語は、三回目の挑戦の若干名を選ぶ終選抜きの結果を知る前で終わる。
 弦太郎は、事業の失敗で約二億円の借金を背負い、普通に働いていたのでは到底返しきれない額を、作家になり、ベストセラーを書いて返済しようとする山本自身と重なる。山本は当時、小説雑誌の新人賞に何度も投稿し、あと一歩のところで賞を逃していたという。「蒼龍」は「開き直って一気に書き進めた」、又「読み返して見て、真っ向勝負の意気込みを感じた」と振り返る。
 「蒼龍」は平成九年(1997)の第七十七回オール読物新人賞を受賞した。
 
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「蒼龍」山本一力 (初出「オール読物」19975月号、『蒼龍』 文芸春秋 2002、文春文庫『蒼龍』 文芸春秋 2005