落語「皿美人」

佐賀県が舞台の新作落語「皿美人」は有田焼の皿にまつわる不思議な話だ。 作家藤井青銅と落語家柳家花緑が全国47都道府県を舞台にした落語を創作し上演する「d47落語会」プロジェクトの六作目の作品で、2014年、東京での初演に続き、佐賀市の旅館あけぼので披露された。  

 

佐賀県のある町の郊外の小さな旅館の玄関に初期伊万里の七寸皿が飾ってある。初期伊万里は1610年代から1630年代に日本で最初に作られた染付磁器で、素焼きをしない生がけで、厚ぼったい素朴な磁器だ。

 この旅館に長逗留している酒飲みの老人が宿賃を請求されると、金は持っていないので、宿賃代わりに、玄関に飾ってある初期伊万里の大皿に美人画を描くと言う。 老人は皿に美しい女性を描き、宿の主人に言う。

 

「この近くに遺跡があるな」

 「ええ。なんでも、弥生時代の村だとか。 伝説の邪馬台国はあそこなんじゃないか、なんて言う方もいるようで」

 「先日あのあたりを散歩していて、ピピッと霊感がひらめいたのじゃ。 邪馬台国の女王・卑弥呼の姿が浮かんできてな。それを、ここに描いた」

 「はあ~、これが卑弥呼ですか。 やっぱり女王だから品があって、美人ですねえ」

 「この皿が、やがて儲けを生む。 元あった場所に飾っておけ」

 

宿の主人は半信半疑で玄関に皿を戻す。その夜も更けて丑三つ時、皿がぼっと光り、描かれた美女が皿から抜け出てきて、帳場にいた主人に卑弥呼と名乗った。

翌朝主人は老人に報告する。 「さぞや、あなたは名のあるお方?」と問う主人に、老人は自分は人間国宝酒井田柿右衛門の曾孫弟子酒井田栗右衛門、「卑弥呼は毎晩出てくるぞ」と言う。

やがて旅館は「卑弥呼の現れる宿」と評判になり、客が押し寄せ大繁盛する。

 

評判を伝え聞き、心穏やかならぬ邪馬台国畿内説の本命奈良県は、仏画の絵師を送り込む。 奈良の絵師は「法力」を持つ墨で皿に柵を描き卑弥呼を閉じ込め皿から出られないようにしてしまう。

卑弥呼が現れないと客は来ない。困った宿の主人は栗右衛門に柵を消してくれと頼むが、消すことはできない。そこで栗右衛門は柵に扉を描き加えると、卑弥呼は扉を開けて現れる。 困った奈良の絵師は扉に南京錠を描き加え鍵をかけ、卑弥呼を閉じ込める。 栗右衛門が南京錠の鍵を描くと卑弥呼は鍵を開け現れる。 今度は奈良の絵師が鍵を箱に隠す。 栗衛門は箱を開ける鍵を描く、、、。 いたちごっこをしていると、二人の絵師が出くわし争ううちに皿を割ってしまう。

 割れた皿から出てきた卑弥呼は別れを告げる。

 宿の主人は呼び戻せないかと栗右衛門に頼むが、栗右衛門は言う。

 

 「見ろ。 さらわれた(皿割れた)ら、元には戻らん」

 

舞台は有田でも伊万里でも唐津でもない。

旅館のすぐそばに遺跡がある。邪馬台国九州説の地、吉野ヶ里遺跡でここは吉野ヶ里町であろう。

この物語では柿右衛門様式の絵付が、美人が絵から抜け出るほどの真迫性をもち、奈良の法力を持つ墨汁の絵と互角に戦うイメージを描く。

主人は「なんだかもう、凄いのか凄くないのか、よくわからなくなってきた」と言い、奈良から来た仏画の絵師は「たしかによく描けている。美人だ」という。

 

d47落語会のプロジェクトは、各地に根付いて長く続くものをデザインする、ロングライフデザインを提唱するデザイナーのナガオカケンメイの活動の一環だ。伝統工芸も、まさにロングライフデザインだ。

 

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藤井青銅の『あなたに似た街』は佐賀県の計20の市と町を舞台にした短編小説集で、落語「皿美人」も収録されている。

どこかなつかしい、どこにでもありそうな地方の街の日常を描いた短編小説で、舞台となった市町の地名は出てこない。文化庁の日本遺産、肥前焼き物圏に認定され、佐賀県は有田、伊万里唐津等全国的に有名な焼き物産地がある焼き物県だが、焼き物をテーマにした作品は「皿美人」と次の一編「マグカップ」だけだ。

 

この街を出て、都会で一人暮らしを始めた時、わたしが最初に自分で買ったのは、可愛いスヌーピーのマグカップだった。

十八歳にしては幼い――と自分でも思った。 けれどとても嬉しかった.欲しかったのだ。 それには理由がある。

 

大学入学を機に、生まれ育った街を出て一人暮らしを始める主人公の若い女性は振り返る。 彼女は小学生高学年の頃、スヌーピーが描かれているマグカップが欲しかったのだが言い出すことが出来ず、地元で作られる食器を使っていた。

この町の住民は皆何らかの形で焼き物につながっている。 直接焼き物産業とは関係ない信用金庫勤めの彼女の父の重要な顧客は窯業関係者だ。

焼き物の町では小学校の給食の食器も地元産の‶本物の焼き物,“ 家庭でも安い規格外品や 端物でも地元産のちゃんとした焼き物を普段使いに使う。

誰にもそんなことは言われていないが、彼女はスヌーピーの絵があるカップは子供っぽく、安っぽいものと否定されている雰囲気を感じねだれなかった。 

それで一人暮らしを始め、待望のスヌーピーのマグカップを買い、四年間、何を飲むにも大切に使った。 卒業間近になって手を欠いてしまうが、ペン差しとして使った。 卒業し、故郷に帰る事に決め、就職も決まるが、カップを欠いてしまう。彼女は欠片を持ち帰り庭の片隅に埋める。

 

「マグカップの欠片が、やがて、わたしの生まれ育ったこの街の土の一部になっていくのはいいなぁ・・・と思っている」。

 

彼女は生まれ育った街の濃密な人間関係が心地よかったり、息苦しかったり、都会の生活は自由だが、息が詰まることもある。 帰りたければ帰ればいいし、出て行きたくなったら出ればいいと四年の大学生活を経て考えるようになった。 「どこに行こうと、わたしはわたし」と。

この作品の舞台は有田で、テーマも焼き物だ。 しかし伊万里唐津もまったっく別のものが街らしさとして描かれる。

物語には地名は出てこないが、地形、名所、産業、産物、芸術、スポーツ、催し物、噂、歴史、ライフスタイルが描かれ、佐賀県民、佐賀県をよく知る人はどこが舞台かすぐわかる。 サッカー、バルーン、ガールズ・バンド、宝当神社、羊羹、シーボルトの湯、棚田、月の引力が見える街、等々。

 

 作者は佐賀県の『あなたに似た街』をどこにでもある私の街の話として書いた。

短編集の帯に、「ささやかなそれぞれのSAGA」とある。英語で物語や叙事詩のことをsaga という。

 

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2017年4月に放送されたNHKFMの特集オーディオドラマ「あなたに似た街」は同名短編集に収録されている「引力」をベースにしたドラマだ。

 東京で小さなデザイン事務所を経営している野中徹は取引先の社員に理不尽なことを要求され、憤りをおさめようと高層建築のたつ湾岸エリアを歩くうちに、海のにおいを感じる。故郷の塩のにおいと似ていることから干潟のある故郷「月の引力が見える町」に戻ってきた。 故郷は懐かしくもあり、鬱陶しくもある。 居場所を見失いかけた若者が、「月の引力の見える町」で進む道を探る。

「月の引力の見える町」太良町は大漁神社の海中鳥居と海中道路がある。引き潮の時現れる道路は漁業者の荷揚げ用道路。鳥居は満ち潮になると半分ほど海につかる。

 

藤井青銅は1979年「第一回星新一ショートショートコンテスト」入選したショートショートの名手である。1955年、山口県生まれ。 作家、作詞家、プロデューサーとして東京で活動している。ニッポン放送の「オールナイトニッポン」やNHK FMの「青春アドベンチャー」などの作家、プロデューサーである。

NHKFMの「青春アドベンチャー」も最も多く脚本を提供した作家で今年(2020)四月には首都遷都をテーマに東京と地方都市の戦いをユーモラスに描いた10回ドラマ「00-03都より愛をこめて」が放送された。

 

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『あなたに似た街』藤井青銅 (小学館 2015)