2016-01-01から1年間の記事一覧

瀬戸の加藤民吉 

江戸時代末期、八百年の陶器生産の歴史を持つ窯業の中心地尾張藩瀬戸は厳しい状況に置かれていた。庶民の生活の向上で焼物の需要が拡大していく中、藩が殖産興業政策で窯屋を保護し利益の増大を図るシステムを築いていったが、窯屋は藩からの拝借金の利息支…

加賀の後藤才次郎

日本でいち早く磁器焼成に成功し美しい色絵を完成した有田焼は、国内外で高い評価を得、肥前鍋島藩の経済を支えていた。 藩はその技術の漏洩を防ぐ為、窯業者の相続、移動などに厳しい規定を設け、材料、製品を管理下に置いた。高い技術と芸術性を認め、産業…

悲運の名工 副島勇七

十七世紀初頭に磁器焼成、次いで色絵付けに成功した有田の焼物はずば抜けて優品であった。積出港の名をとり伊万里焼と呼ばれ全国に出荷され、有田が海外貿易が唯一許されていた長崎に近いこともあり、焼物は藩のドル箱的存在であった。 藩は山に囲まれた大川…

吉川英治:「芸術には国境がない」

『宮本武蔵』、『新・平家物語』、『三国志』、『親鸞』等著した国民的時代小説作家吉川英治(1892-1962)には、江戸初期の肥前を舞台に名陶工を描いた三作品がある。 「彩情記」(別名「隠密色絵奇談」)は名匠と評判高い窯元旧家の鶴太夫の身に起きた悲劇…

幸田露伴の「椀久物語」― 美術史を語る物語

朝鮮陶工李参平が肥前有田(現佐賀県)の泉山で良質の磁石鉱を発見して、今年で四百年を迎えた。有田、秘境大川内山に藩窯が置かれた伊万里は窯業の中心地となり、色絵磁器の優品を作ってきた。伊万里の港から積み出されたことから、この地方で作られた焼物全…