皿屋敷

イメージ 1 夏の風物詩といえば、怪談。日本三大怪談に数えられる「皿屋敷」は、主家の家宝の十枚揃の皿の一枚を破損、又は紛失したことを咎められ、殺されて井戸に投げ込まれた奉公人お菊が、幽霊となって夜な夜な悲しげに皿の枚数を数え、一枚足りないと恨むという各地の伝承に基づく幽霊話。お菊井戸と言われる古井戸が姫路城内に、又お菊の皿と言い伝えられる皿は国内数カ所に残る。
皿屋敷」話は人形浄瑠璃、歌舞伎、講談、落語、映画や小説等の題材となった。十八世紀には人形浄瑠璃播州皿屋敷」、講談「皿屋敷弁疑録」、歌舞伎「播州錦皿九枚館」、明治になって河竹黙阿弥作「新皿屋敷月雨暈」、大正に岡本綺堂の新歌舞伎「番町皿屋敷」が書かれ、この季節上演さる機会も多い。 
作品により、皿は色鍋島、唐絵の皿、絵高麗であったり、青絵、葵の皿、献上品、たいそうな皿等とあり、高級焼物は当時、十枚揃の皿一枚の破損や紛失で人一人の命まで奪う理由となりうる宝であった。 
 
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火野葦平の河童を主人公にした短編作品「皿」は「皿屋敷」伝説の後日談で、河童は怨霊となり井戸に住みついて皿の枚数を数え続けているお菊に出会う。蛙を追い井戸に飛び込んだ河童はうら若い娘の行動を不審に思い、歴史を調べ事情を知る。腰元お菊は音川家の悪執権浅山鉄山の御家横領の企みを知ってしまった為、家宝の十枚揃の色鍋島の皿の一枚を隠され、紛失したと濡れ衣を着せられて、口封じのため殺され井戸に投げ捨てられた。以来お菊の幽霊は、江戸、明治、大正、昭和と何百年も皿を数え続けている。
お菊の美しさに魅了され、恋に落ちた河童は、助けたい一心で失われた皿を探し始めた。しかし皿はなかなか見つからず、仲間に応援を頼むことにしその皿のスケッチを見せる。
九州出身で、焼物に造詣のある火野は色鍋島の五寸皿(直径約15センチ)を細かく描写する。
 
 その模様は九枚とも同じである。紅葉の林を数匹の鹿がさまよい、清流にかけられた土橋のうえで、神仙のような老人が二人ならんで釣りをしている絵がかいてある。空に紫雲がたなびいている。色どりはあざやかで、陶器の肌はつややかだ。
 
釣りをする老人は描かれていないが、鹿紅葉は江戸時代からの古典文様で、紅葉の葉が散る中を鹿が軽やかに走る色絵の初期柿右衛門と推定される「彩絵鹿紅葉図香炉」、二匹の鹿が戯れる巧みに構図を採る皿「彩絵鹿紅葉ちらし文角鉢」、「染付の山水鹿紅葉文皿」、「染付縁錆び紅葉鹿図皿」等、延宝様式の作品が伝わる。十三代柿右衛門作、あるは十三代時代の柿右衛門窯に紅葉の間を数匹の鹿がさまよう錦鹿紅葉文の皿や花瓶、香炉がある。
 
河童の数百匹の仲間は失われた一枚の皿を求め全国を探し回り遂に見つけ出す。古井戸で見た皿と寸分違わぬ物だ。河童は喜び、お菊にこの皿を届ける。井戸の中は二人の明るい笑い声が響き渡る。しかしそれまでの静かで自然な美しさは失われ、神聖な雰囲気は消える。
笑い転げていた河童は我に返り、犠牲の美しさは無償の行為と信じている自分が, お菊の喜ぶ姿に何かの代償を求めていることに気付き、恥じ入る。真摯な河童は堕落してはならぬと、お菊の呼び止める声をふり切り井戸から逃げ出す。
しかし心は揺らぎ、会いたい気持を押さえきれず再び井戸に戻った河童は、目は憎悪に満ち、骸骨の様に変わり果てたお菊を見る。お菊は河童を見ると、悪魔と罵り、「この皿を持ってとっとと帰りやがれ」という。
皿が見つかる前は青ざめてはいたが、皿はいつかは見つかるという希望で生き生きとさえ見えたお菊だったが、十枚目が見つかるとすることがなくなり見る見る衰え、美しい九枚の皿を叩き割りその破片の中で命を絶える。
 
悲しいとはいへ次に望みを托し得る生活の持続感とは、お菊にとっては魂の火花であった。
 
河童は人間に化け、お菊から突き返された皿を骨董商に持ち込み高額で売る。河童は店を出た時,裏口から出てきた怪しい男達に襲われ金を奪われる。店では骨董商が粉々に砕けてしまった皿を前に茫然としている。
 
河伯洞と自宅を名付けた火野葦平は河童の世界を描いた。四十三の短編を集めた豪華版の作品集『河童曼陀羅』(写真:右上)がある。火野は「河童作品は自分のライフワークの一つだといえるかもしれない」と記している。 弟政雄氏によると兄弟は沖仲仕の父から寝床でタヌキやモモンガ、河童等妖怪の荒唐無稽の話を聞かされ、そのことで火野が河童好きになったといえるとふり返る。火野の出身地若松市(現:北九州市若松区)は河童伝説が多く残り、河童の祟りを封じたくぎ地蔵が祀られ、毎年七月に河童祭りが催される。隣県佐賀には『河童伝説発祥の地」を謳う武雄市潮見神社や河童のミイラを保管する伊万里市の酒蔵などがある。
火野(1907-1960)は、北九州若松生まれ。1938年(昭和13年)『糞尿譚』で芥川賞受賞。太平洋戦争に従軍した火野は『麦と兵隊』等戦記物、若松で炭荷役請負玉井組を設立した父と母の伝記的小説『花と龍』等著した人気作家である。
 
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 「皿屋敷」怪談は誘いを断わられた主人の腹いせ、奥方の妬み、陰謀を知られ口封じのため等バリエーションがあるが、主家の家宝の皿の紛失という濡れ衣を着せられ手討ちにされた女中のお菊が幽霊になり恨みを込め皿を数える復讐劇。
 火野葦平の「皿」では皿が見つかり復讐は完結させる。
 大正時代(1916)に書かれた岡本綺堂の新歌舞伎「番町皿屋敷」は、旗本青山播磨と腰元お菊の悲恋物語といえる。愛を誓う仲だが、お菊は身分の違いや播磨の縁談話も聞こえて来て不安になり、青山家の家宝の十枚揃の高麗焼の皿を一枚割って播磨の愛を確かめようとする。血気盛んで潔癖な二十五歳の播磨は、家宝の皿の過失の破損は全く問題にしないが、お菊に彼女への愛を試されたと知り、怒りが収まらず残りの皿を全部割り、お菊を斬刹し井戸に投げ込む。お菊の命は皿ではなく、深い愛が疑われたことの怒りと失望で奪われる。
古典落語の演目「皿屋敷」、「お菊の皿」は、葵の皿を紛失し殺されたお菊乃幽霊が毎晩井戸を出て皿を数え続けている。美しいお菊の噂を聞いた町内の若者衆が見物に押し寄せる。九枚と数える声を聞くと祟りで死ぬと伝えられているので六枚で逃げるよう言われていた見物人だが、美しいお菊に見とれ八枚で逃げ出したがお菊の計算は終わらず十八枚まで数える。一日に二日分数え、翌日は休日を採るという現代風の話に代わっている。
 
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火野の「皿」を原作とした水木しげるの漫画がある。 『河童の三平』等河童や妖怪の世界を多く描いた水木は火野の河童作品十四編を原作とする十一編の漫画を描いた。「皿」のように原作をなぞり、水木流の脚色をしたり、独自のオチで絞めたりしたもの、火野の作品二編を一編にまとめたもの等がある。
水木の「皿」の結末は河童の惨殺はなく、「なるほど 人間には いや生物には 満ちたりない 不足感が常に 必要なんだなあ」、と感慨にひたる河童の姿で終わる。
焼き物好きの火野が鍋島の皿の文様を詳しく描写しているのとは異なり、水木は 「天下の名器色鍋島」とし、皿の文様は走り書きでモチーフは判明しないが、余白をたっぷりとった絵文様の皿になっている。
 
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「皿」火野葦平 (『河童曼陀羅火野葦平 四季社 1956)(初出:「中央公論文芸特集」1952
「皿」火野葦平(『日本の文学51 尾崎士郎火野葦平中央公論社 1973
「皿」水木しげる・原作 火野葦平(『水木しげる漫画大全集』河童シリーズ全073 水木しげる火野葦平 講談社 2016
「皿」水木しげる・原作 火野葦平(『河童千一夜』水木しげる 筑摩書房 1993
「番町皿屋敷岡本綺堂 (『現代日本文学全集6筑摩書房 1975
皿屋敷(『円生全集』別巻中 三遊亭円生 東京青蛙房 1981
皿屋敷(『古典落語大系』第8巻 江口滋他編 三一書房 1979