白い象がやってくる

 2013年1月の記事「色絵象とグローバル経済の夜明け」で紹介した大英博物館所蔵の柿右衛門の白い象がやってくる。上野の東京都美術館で4月18日から始まる「大英博物館展―100のモノが語る世界の歴史」で展示されるため、柿右衛門様式の色絵磁器の二頭の象の置物は、縄文土器、銅鏡等と共にロンドンから里帰りする。
展覧会は大英博物館の所蔵品の中から100点を選び、それらが作られ、どのような必然的役割を演じたかを通して人類の歴史を読み解こうと試みる。100点のモノはタンザニアの峡谷の200万年前の地層から見つかった動物解体の道具として作られた石器から、現代までに作られた道具や宝物、芸術作品まであり、今世紀のモノではモザンビークの銃のパーツで作られた「母」像(2011)や中国のソーラーランプと充電器(2010)が含まれる。
1660年から1690年の間に制作された柿右衛門の色絵の象は、第七章「15001800大航海時代と新たな出会い」に、17世紀、ヨーロッパとアジアを舞台に展開された地球規模の経済活動―単にモノの流通ではなく、技術の伝播、総合商社を介して需要に応じる生産と流通―の夜明けを象徴するモノとして展示される。
大航海時代、ヨーロッパの国々による海外進出で世界は海で結ばれた。オランダ東インド会社はアジアに拠点を持ち盛んに交易をおこなった。ヨーロッパに輸入された有田の色絵磁器は人々を魅了し、競って収集された。食器とともに動物像や人形も人気があり館を飾った。
 
小型犬位の大きさの柿右衛門の象は、小さめの四角い耳を持ち、頭に二つの瘤があり、背中が丸いアジア象の特徴を持つ。濁手の胎に明るい色の飾りを付けている楽しげで、気品を備える白象だ。
大英博物館の所蔵品解説によると、象は「当時の日本の陶工はおそらく目にしたことがない動物で、オランダ東インド会社の商人の輸出用の特別注文に応じたものだろう」とある。きれいな乳白色の濁手の磁器に色絵の模様が描かれ、日本人ような目を持つこの象の「制作者が日本人であることは疑いなく、見たことのない動物の姿を想像しながら作ったと思われる」、と大英博物館館長ニール・マグレガーは記す。
ロンドンのビクトリア&アルバート美術館は色絵の美しい鞍布をつけた、この象と同じ型の黒い象を所蔵する。この他数種のタイプの色絵磁器の白い象がヨーロッパに残る。柿右衛門様式の磁器のコレクションで有名なイギリスのバーリー・ハウスにも鼻を持ち上げた白い象があり、1688年の財産目録には、人形、虎、犬、鳥の置物とともに「二頭の大きな象」の記載がある。ミュンヘンドレスデンの博物館も白象の置物を所蔵している。
 
白象は仏教では普賢菩薩が乗る神聖な動物とされていた。象の生息する南アジアでは白象は祥瑞の印であり、健康と長寿の象徴でもある。王のみが所有を許され、崇められ、使役されない。アジアの国々やヨーロッパで、白象は古くから、大切な場面の贈り物とした記録が残る。
十三世紀、フランスのルイ九世はイギリスのヘンリー三世にロンドン塔の動物園用に象を贈った。修道士で歴史家のマシュー・パリスの『大年代記』(Chronica Majora)には、魅力的な画入りでこの象の生活の様子が記されている。ハンノと名付けられた白象は1514年の戴冠式ポルトガル王からローマ法王に贈られ大切にされた。十七世紀、ハンスケンと名付けられた雌象はサーカスをしながらヨーロッパを巡り、人気を博した。レンブラントの写実的なスケッチが残る。

 

 この時代の日本人にとって象は馴染みのない動物だったのだろうか。またどんなイメージを持っていたのだろか。象をモチーフとした日本人による美術品は以外と多い。
 
東京・六本木のサントリー美術館で開催中の「生誕三百年 同い年の天才絵師 若冲と蕪村」展に伊藤若冲17161800)が白象を描いた作品二点が展示される。六曲一双の「象と鯨図屏風」は北陸の旧家に伝わったもので、2008年夏に存在が知られた。各隻に、勢いよく潮を吹く鯨と、座って鼻を高々とあげた象とを対置させた水墨画だ。「白象群獣図」(展示期間は422日から510日まで)は小動物とともに悠然と座る象が描かれている。若冲晩年の作と伝わる。若冲はこの他に何作も群獣楽園図や単独の白象を描いている。
京都の養源院には、1621(元和7)頃に描かれた俵屋宗達の杉戸絵「白象図」がある。二枚の板戸いっぱいに、一頭ずつ太い描線の白い象が描かれている。
「茶屋交趾貿易渡海図」(名古屋市情妙寺所蔵)は十七世紀、長崎を出てベトナム中部の交趾国に行った朱印船商人の旅を描いたもので、異国の田園風景に三頭の象が調教されている様子が描かれている。内二頭が白象だ。京都の豪商初代茶屋四郎次郎の三男、尾張に分家した茶屋新四郎(?-1663)の子、新六郎(?-1693)の朱印船貿易の様子を同行者が描いたといわれている。茶屋家は1612年に朱印船貿易の特権を得て巨万の富を築いた。
九州国立博物館所蔵の朱印船交趾渡航図巻」(「茶屋」絵巻を18世紀に書き写したものといわれる)には商人の館で飼われている白い象二頭が描かれている。神戸市立博物館の桃山時代の「南蛮屏風」(狩野内膳作)には異国の港町に灰色の象が描かれている。
京都・高山寺に伝わる国宝「鳥獣戯画」(1213世紀)乙巻にも二頭の白象が鼻を上げ、虎のような獣と威嚇しあっている様子が描かれている。また中国の「三才図絵」をもとに著された寺島良安の「和漢三才図会」(1713)の象の項にもイラストがあり、白象の存在も言及されている。
平安時代から普賢菩薩や釈迦涅槃の図に多様な白象が描かれている。東京国立博物館所蔵の国宝「普賢菩薩像」(12世紀)はじめ、普賢菩薩を背負う象は蓮華座の下にきれいな鞍布をつけている。美しい装飾と泰然とした象の姿は大英博物館柿右衛門の象と趣を共有する。柿右衛門の象たちは普賢菩薩が乗る白い象をモデルにしたのではないか。
 
朱印船交趾絵渡航図巻」をもとにした九州国立博物館企画・原案の絵本、『海のむこうの ずっとむこう』の巻末の解説の「日本に来た象」によると、初めて象が来日したのは1408年で、今のインドネシアにあった南蕃国から若狭の港に着き、日本の国王に贈り物として京都の足利将軍家に献上された。1597年、マニラのスペイン総督が秀吉にドン・ペドロという象を贈り、1602年にはベトナムの象が家康に献上された。もっとも有名な象は、1726年将軍吉宗の希望で中国商人がベトナムから献上したものだ。番いの雌は長崎で死んでしまうが、雄は長崎から江戸へ向う途中、京で中御門天皇も見物するため、官位が必要となり従四位という高い位が与えられた。尾形探香(18121868)の「象之絵巻物」(関西大学図書館)には御所の庭にいる象を天皇や貴族が見物している様子が描かれている。
このほか、1575年に明より豊後の大名大友宗麟に象と虎が献上されたとの記録もある。
 
有田の陶工、柿右衛門達は藩内の長崎に上陸した象を見る機会はあったであろう。上陸後、長崎街道を北上し、献上先の目的地まで長い旅をする象を多くの人が見物したと思われる。日本には生息しない大きな体の、不思議な形の動物はインスピレーションを湧き起こし、美術の魅力的なモチーフになる動物だったようだ。アジアの宗教思想や文化と大きな自然を体現した存在が結びつき、象の豊かなイメージが形成され魅力的な美術を生んだ。柿右衛門の色絵象もその一つだ。 

 

白い象は近代文学にも登場する。宮澤賢治の童話「オッベルと象」(1926)(『宮沢賢治全集第13巻』筑摩書房1980青空文庫www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/466_42316.html)は地主オッベルに重労働を強いられ苦しむ白い象を描く。象は仲間に助けを求め救われる。『新版中学国語1』(教育出版1978)に収録された。米作家マーク・トゥエインの短編「盗まれた白象」(『悪いやつの物語』筑摩書房 1988)はシャムからイギリス女王へ贈られる白象が、途中で寄港したニューヨークで盗まれ不幸な運命をたどる。白い象はインパクトのあるモチーフであり、神聖な動物のイメージは持ちつつも、悪、あるいは俗に無力になっている。
 
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・「大英博物館展―100のモノが語る世界の歴史」
東京都美術館での展示は2015年4月18日から6月28日まで。その後、福岡、神戸に巡回する。
九州国立博物館:7月14日―9月6日、神戸市立博物館:9月20日―1月11日、2016
展覧会公式サイトは<http://www.history100.jpwww.tobikan.jp/exhibition/h27_history100. html 
・“A History of the World in 100 Objects” Neil MacGregor (Viking 2011)
・『100のモノが語る世界の歴史』ニール・マクレガー、東郷えりか訳(筑摩書房 2012
翻訳版は三巻からなり、「柿右衛門の象」は第三巻「近代への道」に収録されている。
☆展覧会の原案となったBBCラジオ4の同名の番組(20109月放送)の録音はBBCのウエブサイト<www.bbc.co.uk/ahistoryoftheworld/about/british-museum-objects/で聴取できる。スクリプト100点の収蔵品の写真も掲載されている. 柿右衛門の象」はPart 16 The First Global Economy 1450-1650Episode 79: Kakiemon elephants
・「朱印船交趾渡航図巻」九州国立博物館所蔵 
収蔵品ギャラリー、ギャラリー1      www.kyuhaku.jp/collection/collection_gl01.html
・「茶屋交趾貿易渡海図」名古屋市情妙寺所蔵
きゅうはくの絵本 8 朱印船絵巻『海のむこうの ずっとむこう』フレーベル館 2009
『宮廷の陶磁器』英国東洋陶磁学会編 監訳:西田宏子/弓場紀知 (同朋舎出版 1994)
「全四巻鳥獣人物戯画web絵巻」「特別展鳥獣戯画京都高山寺の至宝」公式サイトwww.chojugiga2015.jp/。白象は乙巻の最後の場面。
「生誕三百年 同い年の天才絵師 若冲と蕪村」展 サントリー美術館:2015年318510日、 滋賀県甲賀市 MIHO MUSEUM74830