染付皿の中の冒険

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白磁の胎に鮮やかな藍の絵柄の染付は、日本では江戸時代初頭に朝鮮半島から渡来した陶工によって技術が伝えられ有田で生産がはじまった。 装飾は日本の茶人に珍重された中国の古染付を倣い中国風だった。 山水、人物、身近な動植物ののびやかな絵柄が自由な勢いのある線で描かれた。 大胆な構図の山水図、飄逸な人物図、幾何学文や吉祥文、唐草、青海波、亀甲、紗綾形繋ぎ文等、器の模様としてデザイン化され、その種類は無数だ。
十七世紀中期に需要の増えた富裕層の宴席を彩る大皿や什器、茶道具は墨はじき、ダミ染め、型押しなどの高度な技術で高級品がつくられる一方、十八世紀になると猪口やなます皿、長方形の焼き物皿等、幅広い層からの需要が増え、量産された。 染付の技術は各地の窯場に伝わり多様な器が作り出され、人気絵柄は絵付け師の自由な表現でつくられ続けている。
白と藍の調和の美しさ、生き生きした筆使いが生み出す素朴な絵柄の面白さで人気を得、染付は最も多く生産され、愛され、使われてきたやきものだ。
 
はせがわ はっちの絵本『さらじいさん』は、伊万里染付の絵柄の世界に迷い込んだ小さな女の子の冒険を描く。
女の子の家には、骨董品店を営むおじいさんから贈られた、三人の不思議な人物が描かれているお皿が飾ってある。 三人は中国の仙人のような姿をしていて、一人は巻物をかかえ、もう一人は琵琶のような楽器を持っている。 一番右に描かれている人物は坊主頭で、ちょっと厳つい顔をしている。
 
ぼうずあたまのひとが おもしろくて
さらじいさんって よんでるの。
おかあさんはつかっちゃだめって いってた。
かざってあるのよ おさらなのにね。
 
女の子は一人で留守番をしている或る日、飾ってあったお皿が使いたくておやつのドーナツを盛った。 するとさらじいさんがお皿の中から手を伸ばしドーナツをつかんだので、ドーナツを取られまいとする女の子は、お皿の中に引きずり込まれてしまう。 女の子はドーナツをもって逃げるさらじいさんを追いかける。
お皿の中は昔の中国で、さらじいさんは、川を渡り、山を超え、野原を走り抜け、百子堂という学校にたどり着く。 川には漁夫、荷船の船頭、野原には筍掘り、牛を縄でつないで馴らす牧童、牛に乗って笛を吹く童子がいる。 兎や雁、蝙蝠などにも出会う。 百子堂には大勢の子供がいて、巻物を学び、楽器を演奏している。 さらじいさんは子供たちにドーナツを分けてあげている。
登場するのは皆、古伊万里染付の人気の絵柄のモチーフだ。 人物は表情豊かで、時にユーモラス、はせがわは落ち着いた藍色でのびやかに場面を描きだす。
 はせがわは付録のリーフレットに載る「絵本『さらじいさん』の生まれるまで 時代屋の青い皿」に古伊万里染付の絵柄の魅力について書いている。
 
手描きのどことなくいいかげんな、のびやかな感じがすごく楽しくて、ポーズや表情も「なんだこれは?!」というような愉快なものもあります。古伊万里の絵には絵本に通じるおもしろさがあると思っていました。
 
はせがわの伯父さんは京都で時代屋という骨董品店を営んでいた。小さい時から伯父さんの店を訪ね、沢山の古伊万里の器や様々な骨董品に親しんでいた。 絵本に登場するお皿はこの伯父さんから贈られた皿をモデルにしている。
お皿の三人の人物の背景には筍が描かれている。 近くに竹林があるのだろう。 三世紀後半の中国三国時代、俗世を避け竹林に集まり、酒を酌み交わし、音楽を奏で、清談したといわれる隠者達、竹林七賢の内の三人なのだろうか。 竹林七賢は絵画や様々なジャンルの工芸のモチーフとなり、染付でも人気の絵柄だ。 そのうちの一人阮咸は、お皿に描かれている仙人の持つ琵琶のような楽器をよく奏し、改良したことから、その楽器が彼の名を冠し阮咸と呼ばれている。
 
学習院大学の荒川正明教授は『初期伊万里展 染付と色絵の誕生』図録の解説「初期伊万里にみえる唐様の意匠―『八種画譜』と人物図を中心に」で初期伊万里が手本にした中国古染付は明代後期に盛んに出版された墨刷木版の『八種画譜』、『芥子園画伝』等の画譜、故事や歴史の挿絵本を手本に本格的な山水画や個性豊かな人物画の絵付けがなされと指摘する。
明末天啓年間(16211627)に編纂された『八種画譜』の翻刻版が寛文十二年(1672)京都と江戸で出された。
古伊万里「染付吹墨騎牛笛吹童子文皿」(今右衛門古陶磁美術館蔵)は『八種画譜』の「五言唐詩画譜」に載る盛唐の詩人崔道融の「牧豎」(ぼくじゅ=牛の世話をするこども)を絵画化した図柄を持つ古染付を倣ったといわれる。皿の表に過去の優れた画家の筆に倣うという意味の「倣筆意」という角銘が入っている。この皿に酷似した陶片(有田町歴史民俗資料館蔵)が有田西部の推定年代1610-1630の天神森窯跡より出土している。
 
『さらじいさん』にも牛に乗り笛を吹く童子と牛を綱でつないで馴らそうとしている牧童が登場する。 禅の修行で悟りに至る十段階を、牛を真の象徴として修行者との関係性を描いた「十牛図」の真を見つけ牧童と牛が穏やかに家に帰る「騎牛帰家」と真を見つけ自分の物にしようと縄を付け馴らしている「得牛」の図だ。
科挙の試験を受けている大勢の童子のいる百子堂、ひょうきんなポーズの唐子たち、三国志赤壁の戦いのあった揚子江(長江)の断崖迫る名勝地赤壁を詠った宋の詩人蘇軾の七言唐詩赤壁賦」からの船遊びの図、釣り人、船頭、筍掘り、隠者等、染付の絵柄のモチーフとして繰り返し描かれている人物、深山、竹林、吊り橋のかかる山、広い川、楼閣、うさぎ、水鳥、蝙蝠等、中国の画譜、故事の絵画化や挿絵本から引用したものだ。
その他、唐代の僧寒山拾得、梅うさぎ、波うさぎ等も、日本、中国の染付に現在に至るまで繰り返し描かれている。
 
柿右衛門様式の色絵にも『八種画譜』を手本としたものがある。色絵皿「周茂叔愛蓮文」は『八種画譜』中、「五言唐詩画譜」の「渓上」図を倣い、オシドリの遊ぶ蓮池で蓮を採取する婦人を描いている。「渓上」図にはない北宋儒者周茂叔が岸辺で蓮の花を愛でている図を入れて李白の「蓮花」の要素を取り入れている。 同じく「五言唐詩画譜」より「送人遊湖南図」を倣い「色絵人物船遊文(皿)」が描かれた。
 
 そば猪口のコレクター松岡寿夫はその著書『藍のそば猪口700選』に記す。
 
そば猪口の多種多様な文様は魅力的です。 数百種、いや数千種といわれる文様の種類が、私達の眼を楽しませてくれます。時代の変遷に連れ、文様も様々に移り変わり、その特徴の違いが器形の変化とともに、そば猪口を理解し、いつくしんでいくうえで、大きなキーポイントになるでしょう。
 
絵本の後半、女の子がおじいさんのお店を訪ねるとさらじいさんを追い出会った人々や風景が描かれたそば猪口や小皿がならんでいる。おおらかで素朴な美、有田他各地の窯場の無名の絵師の人気絵柄の自由な表現が生まれ続けている。
初期の「染付吹墨騎牛笛吹童子文皿」の絵は画譜に近い線書きだが、年代が下ると童子も牛もより写実的に描かれ、絵として完成度が高くなる。人物は表情が豊かになり、又時代を写した小道具も描かれる。
 
はせがわ はっちは1956東大阪市生まれ。 2004年、『おうだんほどうかります』で富山県射水市大島絵本館主催のおおしま手づくり絵本コンクールで最優秀賞受賞。2015年『さらじいさん』で南青山ピンポイント・ギャラリー主催、第16回ピンポイント絵本コンペで最優秀賞受賞。今年3月『さらじいさん』を出版し絵本作家としてデビューした。
 
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『さらじいさん』はせがわ はっち (ブロンズ新社 2017)
「初期伊万里に見える唐様の意匠―『八種画譜』と人物図を中心に―」荒川正明 (『初期伊万里展 染付と色絵の誕生』 NHK プロモーション 2004)
柿右衛門様式磁器に描かれた唐様人物文様の世界」山本紗英子 (九州産業大学柿右衛門様式当該研究センター論集 第五号』2009)
『藍のそば猪口700選』松岡寿夫 (小学館 2003)