「11月の歌」 ななおさかきの詩

江戸時代初期、初代酒井田柿右衛門が赤絵付けに成功して以来400年近く、乳白色の素地に明るい色絵を持つ柿右衛門磁器は広く愛された。日本の焼物の代名詞ともいえる柿右衛門が、大切な食器、高価な骨董、九十九神の宿る器、理想郷のシンボルなど、人々の抱く様々なイメージで描かれる国内外の小説、テレビドラマ、随筆、詩歌などを紹介する。
 
ななおさかき(19232008)は世界各地で放浪生活を続けた詩人。 朗読会や音楽イべントなどに参加し、詩を通じて環境保護反戦を訴えた。ななおは「十一月の歌」(『地球B』1989)の二節目に柿右衛門の赤絵創始を詠う。
 
十一月の歌イメージ 1
 
ランプの下 コナラの炎
囲炉裏かこんで よもやま話
柿の皮むく 秋の夜なが
 
闇走る
あれは 野分け それとも 初しぐれ 
 
今は昔 三百年前
九州 伊万里の陶工 柿右ヱ門は
太陽照り返す 柿の実に
まなこ眩み 心狂い
はたの眼には デクノボー
色に憑かれた 三年の昼と夜
やがて器に 柿の赤添えて
人の世に 光添えて

人の世は 光 それとも 影
今は昔 五年前 昭和の頃
一人暮らし 八十一のおばあ
自ら沈み 姿消す 十一月 天竜の水
 
青立ちかえる 秋の空
老いの手届かぬ 高みには
枝もたわわ 朱につぶらな 炎の実り
 
秋の夜なが 囲炉裏に座り
柿の皮むく 八十一年
舌に甘える 干柿作り ままならず
誰かにあげる 喜び消えて
 
喜び消えて 人の世は 光翳る
今はこれまで
八十一のおばあ 自ら沈み
姿消す 十一月 天竜の水 
 
闇走る
あれは 野分け それとも 初しぐれ
 
ランプの下 コナラの炎
囲炉裏かこんで よもやま話
柿の皮むく 秋の夜なが
 
夏は 緑に陰すずしく
秋は、鳥 獣 また人間に
百 千の実り 惜しまずに
冬ざれば 葉を捨て 陽射し うらら
この木 学名 ディオスピロス カキ
 
すなわち“神の炎”
 
初め 柿渋 しぶとく
今一度 太陽に思いを焦がし
白く 霜吹くまで 霜に熟し
ついに 甘く うまくなる
 
それは
 
命の糧
 
それとも
 
命の光 
 
1984
筑摩山地
 
この詩は本多勝一の『そして我が祖国日本』(すずさわ書店 1975朝日文庫 1983)に収録された、1970年11月、長野県伊那谷でおっこった老婆の自死について書かれた「市田柿」にヒントを得て作った。老婆の家は裕福な農家で、毎年家族そろって干柿作りをしてきた。しかし、夫を失い、息子に先立たれ、その嫁は病に倒れ、孫達にも柿の実を取る余裕は無く、老婆はこの年、たわわに実る柿をながめているより仕方なかった。美味しい干柿を作り、皆に分ける喜びも無くなった。自然と一体の生活と文化、環境の崩壊が老婆に死を選ばせた。
ななおは囲炉裏の炎に照らされる朱赤の柿の実から初代柿右衛門を連想する。柿右衛門が苦労の末に器に焼付けた柿の赤はこの世に、喜び、幸せをもたらしたと詠う。
柿の属名 「ディオスピロス カキ」ギリシア語の「dios(神聖な)と「pyros(コムギ)から成り「神の穀物」を意味する。ななおは「pyro」がギリシャ語で炎を意味することから柿の実を「神の炎」いう。そしてそれは「命の糧」、「命の光」と詠う。「地球を家」とし家も定住の地も持たず、物を所有しない生活を送り続けた。朱赤のつややかな柿の実を自然と共存するつつましい幸せの象徴としこれを失った老婆の大きな喪失感に共感する。
1986年に「柿酢」という作品がある。晩秋、大陸から吹きつける冷たい風のなか、友の家の庭の柿の木の実をもぎ、柿酢や干し柿を作る。五月にはビタミンCいっぱいの若葉を天ぷらにし、柿茶を作る。夜更け、柿酢に漬けたショウガピクルスを肴に泡盛を飲む。ドラムやギターに合わせ歌い、やがて眠りに落ちる、と詠う。九州鹿児島県の出身の詩人にとって、柿の実のみのる風景は郷愁を誘い、赤く熟れた実は命の糧であり母と重なる。
 
ななおはアメリカのビート・ジェネレーションの詩人ゲイリー・シュナイダ―、アレン・ギンズバーク等と交友があり、作品は海外でも評価が高い。自身英語でも詩を書いた。詩集は英語、フランス語、チェコ語、イタリア語、中国語等に翻訳出版されている。
November Song”(「十一月の歌」)から柿右衛門を詠う節の英語版を引用する。
 
The past is now.
Three hundred years ago
A Japanese potter named Kakiemon or Persimmon Jack
Tried so hard to catch the jewel light
Of persimmon in November sun,
Forgot to eat, to sleep, to talk.
Three years later he was able to bring out
The gorgeous color in his ceramics.
 
 ななおの最期をみとった長年の友、長野県大鹿村在住のシンガー・ソングライター内田ボブがこの詩に曲をつけ歌うYouTube 動画、 “November Song Nanao Sakaki Uchida Bob 035”がある。

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11月の歌』ななおさかき(「ナナオサカキ詩集 地球B」人間家族編集室 1989, ココペリの足あと ななおさかき詩集 1955-2002思潮社 2010
“November Song” Nanao Sakaki (Break the MirrorThe Poems of Nanao SakakiBlackberry Books, Nobleboro, Maine 1987