高価な骨董 (1)
江戸時代初期、初代酒井田柿右衛門が赤絵付けに成功して以来400年近く、乳白色の素地に明るい色絵を持つ柿右衛門磁器は広く愛された。日本の焼物の代名詞ともいえる柿右衛門が、大切な食器、高価な骨董、九十九神の宿る器、理想郷のシンボルなど、人々の抱く様々なイメージで描かれる国内外の小説、テレビドラマ、随筆、詩歌などを紹介する。
柿右衛門の一般的なイメージといえば「高価な骨董品」であろう。ヨーロッパに輸出された柿右衛門は、王侯達の家宝として代々受け継がれ、その館を飾り、饗宴の食器として使われた。日本でも床の間に飾られ、蔵から出され祝の膳を華やかなものにした。年月を経た柿右衛門は高価な骨董としての価値を持つようになった。
ロンドンの北東イースト・アングリア地方を舞台に骨董商が活躍するイギリスのテレビシリーズ『ラブジョイ』("Lovejoy")に「カキエモン・タイガー」というエピソードがある。1993年9月に放映されたもので、柿右衛門の虎の像が登場する。
骨董商ラブジョイは、得意客の死によって借用証書が悪質高利貸しの手に渡り、3日以内の返済を迫られ、急遽お金を工面しなければならなくなる。
ラブジョイ: なんだね、それは?
ティンカー: うーん、聞きたいか?
ラブジョイ: いずれにせよ、洗ってみよう。
ティンカー: 洗ってなかったことを神に感謝しろ。 膝まずいて。
ラブジョイ: 磁器はお前の得意分野だ、ティンカー。東洋のもの?中国の?
ティンカー: 日本のものだ。
ラブジョイ: 柿右衛門だ。すごいぞ。名品だ。
ラブジョイ: 奇蹟の発見だ!ティンク!
ティンカー まさしく。
ラブジョイ: オークションでの出品番号は。
ティンカー: 十五番。庭にあったもろもろのものとセットで出る。
ラブジョイ: いくらと踏む。
ティンカー: うーん、少なくとも12,000[ポンド]位だろう。
ラブジョイ: すごいぞ、やったね!
(筆者訳)
ラブジョイ達は、オークション開催の広告を剥がしたり、道路標識を逆にしてライバル達が会場に来るのを妨害し、オークションを「ハイジャック」する。柿右衛門タイガーは泥にまみれたまま、他のガーデン用品などと一緒にバスケットに入れられている。競りは20ポンドから始まるが、入札がなくティンカーが10ポンドで手に入れる。
少々ドタバタと話が展開するが、翡翠色の目をした虎の像は銀のタンカード(蓋付ジョッキ)と共に高価な骨董としての役割を果たす。「柿右衛門という名前の由来は赤い果物だそうだね。英語では、、、」、「パーシモンだ」など会話を交わしながら、ラブジョイは16,800ポンドに膨れ上がった借金返済を完了する。
『ラブジョイ』は イアン・マクシェーン(Ian McShane)主演で1986年から1994 年にかけ放映された。YouTube で見ることが出来る。
BBCラジオの番組、大英博物館の所蔵品の中から100点を選びそれらを通して世界史を語る“A History of the World in 100 Objects” (「大英博物館所蔵品100点が語る世界史」2010年BBCラジオ4で放送)で、柿右衛門の一対の白い象の磁器が取り上げられたように、柿右衛門の磁器像はヨーロッパで沈香壺、大皿、食器などと共に人気があり積極的に蒐集された。 (2016年、同名の展覧会が日本で開催され巡回した。)
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アメリカのベストセラー作家ノラ・ロバーツ(Nora Roberts)のロマンティック・サスペンス “Hidden Riches”(「隠された財宝」1995)にも柿右衛門の虎像が登場する. 東部フィラデルフィアで骨董店を営むドラ・コンロイは手に入れた絵の裏に名画が隠されていたことから、密輸商人に狙われる。彼女の訪ねた密輸商人の、まるで個人美術館のような邸宅にはジョージ三世時代の鏡やマホガニーのアーム・チェアーの傍に、柿右衛門の磁器の虎が置かれている。
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行儀よく座る虎の像は日本で開催される展覧会ではあまり見ないが、1993年小田原郷土博物館で開催された里帰り品の展覧会「日本の色絵 柿右衛門の優雅な世界」に展示されたことがカタログに記録されている。『ラブジョイ』の虎の像は小道具として作った模造品と思われるが、展示された虎は長・19.5cm、高・ 19.0 cmと記してあり『ラブジョイ』の虎像ととてもよく似ている。
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テレビ朝日の人気シリーズ水谷豊主演の『相棒』に柿右衛門の壺が登場するエピソードがある。2006年二月放送の「節約殺人」は、カリスマ節約主婦の自宅でおこった二件の殺人事件を警視庁特命係の警部杉下右京が解き明かす。夫はナイフで刺し殺され、近くで起きた愛人殺人事件の犯人の男は陶器の壺で頭を殴られ殺されている。カリスマ節約主婦松原宣子は夜帰宅途中に殺人事件に出くわし、殺された女性の携帯を持ち帰る。帰宅して、テレビを見て馬鹿笑いしている失業中の夫に失望し、殺す決心をする。翌日は仕事に行き夫殺害に使った果物ナイフをスタジオに隠す。一方、愛人殺人の犯人の男を自宅におびき寄せ、壺で頭を殴って殺し、夫が携帯電話の通話記録を種に男を強請って殺人事件に発展したように偽装した。
右京は雑誌のグラビアに載っている犯行現場となった応接間の棚に飾られていた柿右衛門の壺が、事件後には無くなっていることに気付き、「高価な柿右衛門ではなく平凡な壺を凶器に使える状況にある」宣子が犯人と推理する。宣子は柿右衛門の壺は頂いたもので、それなりのものなので、「割っちゃたらもったいないですものね」という。右京は「古伊万里の柿右衛門」と言っていた。
「人生で一番無駄だった夫を殺せた。後悔していない」と宣子はいう。
「人生で一番の無駄遣い。殺された方も殺した人も」と右京。
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