リヒテンシュタインの大燭台

 
 江戸時代初期、初代酒井田柿右衛門が赤絵付けに成功して以来400年近く、乳白色の素地に明るい色絵を持つ柿右衛門磁器は広く愛された。日本の焼物の代名詞ともいえる柿右衛門が、大切な食器、高価な骨董、九十九神の宿る器、理想郷のシンボルなど、人々の抱く様々なイメージで描かれている国内外の小説、テレビドラマ、随筆、詩歌などを紹介する。
 
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現在国内巡回中の「リヒテンシュタイン―華麗なる侯爵家の秘宝―」展で中国、日本の磁器の壺や鉢を積み重ね、金属の枠飾を付けた高さ3メートル余りの大燭台が2点展示されている。
その内の1点(写真右)に柿右衛門様式の壺と鉢が使われている。金属の台の上に染付と鉄朱で絵付けされた大きな中国の青磁水盤が置かれ、その上に柿右衛門の「色絵傘人物文大壺」と「色絵花鳥文深鉢」が積み重ねられている。鉢の底の周りを囲む葉をモチーフにしたレリーフから蝋燭をさす花型のホルダーを付けた枝が何本も出ている。柿右衛門の上には中国の壺、伊万里の鉢と思われる色絵磁器が積まれ、その周りにも何本も枝が取り付けられ、蝋燭約20本を灯す絢爛豪華な燭台になっている。
丁度目の高さに位置する柿右衛門の二つの色絵磁器は濁手の美しい輝きを放つ。
もう一方の染付磁器の燭台には伊万里と思われる皿が2枚使われている。
これらの燭台はリヒテンシュタイン侯爵家十代目のアイロス一世(在位17811805)が居城の一室を飾る為に注文した4台の燭台の内の2台と言われている。
十八世紀末付けられた鍍金の金属装飾は、ウイーンの名銀細工師で意匠家のイグナーツ・ヨーゼフ・ヴュルト(1740-1792)の作とされる。
展覧会で2台の燭台は磁器収集に力を入れた侯爵家の華やかなバロック宮殿の雰囲気を再現した展示室バロック・サロンにおかれている(★ 朝日新聞社公式サイト内の「リヒテンシュタイン展」ヴァーチャル美術館で、国立新美術館での展示の様子をパノラマ 映像で見ることができる。)
リヒテンシュタイン侯爵家は、その初代、神聖ローマ皇帝のルドルフ二世の副王として仕えたカール一世より、500年に渡って優れた美術品を収集してきた。
 
「色絵傘人物文大壺」
色絵磁器の燭台に使われている柿右衛門のニ作品は東京国立博物館所蔵の「色絵傘人物文大壺」(蓋は消失、高49.0cm、口径16.5cm、底径17.7cm)と、「色絵花鳥文大深鉢」(高21.4cm、口径30.3cm、底径16.5cm)と同じタイプのものだ。このうち大深鉢は国の重要文化財に指定されている。
 
牡丹唐草文で縁取られた窓に傘を持つ人物と団扇を持つ人を描いた卵型の壺は当時人気があり、かなりの数作られ輸出されたと思われ、ヨーロッパのコレクションに数点確認される。ドレスデン磁器博物館は、高さ58.7cm、58cm、54.4cmの3点の同じ壺を所蔵する。 3点を並べその間にラッパ型の口を持つ花瓶を2点置くヨーロッパの展示スタイルのための5点セットだったのか。
第二次世界大戦中、戦火で焼かれたベルリン近郊のオラニエンブルグ城の天井画には傘持人物の描かれた壺を掲げている天使達が描かれていた。東洋陶磁の研究家ソーム.ジェニングによれば(1965)、この壺のモデルとなった壺は多分現在シャルロッテブルグ宮殿所蔵のものである。ドイツのヘッセン州立博物館は傘の内側が赤く塗られた一対の壺を所蔵する。この意匠の壺はヨーロッパで大変人気があったとみられ、なおいくつかの作品があるといわれている。
日本では東京国立博物館出光美術館松岡美術館柿右衛門窯等が里帰り類品を持つ。
柿右衛門窯では、小型ではあるが現在も同様の壺を作っている。
 
このような威容を誇る大作がいくつも、蓋を失っている物があるとはいえ、ほぼ完全な形で残っているという事は、この時代(1670-1700)いかに沢山の伊万里柿右衛門がヨーロッパへ輸出され、大切にされていたかを物語る。
  肥前磁器の欧州向け輸出の最盛期は1659年から1745年の85年間といわれる。ヨーロッパの貴族たちは競って東洋磁器を集めた。軟らかな白い肌で明るい色絵の柿右衛門は人気を集めた。十七世紀には、収集の量も多くなり、後により豪華に見せるため金属の飾り、オルモルを付ける事が流行した。オルモルは又、別の用途を持たせるため、修理のためのものでもあった。
 
ミュンヘン宮殿博物館の青いたてがみを持ち、体に青と黄の斑点のある「色絵獅子」(16701690 柿右衛門様式)は四角い台座にのって、二股になった燭台の曲がりくねる葉枝に覆われ健気に燭台を支える。
 十四代酒井田柿右衛門の襲名三十周年の記念の壺「濁手松竹梅鳥文壺」2012、高29.5cm、幅約12cm)と同じく板作り技法のパリ、ルーブル美術館の一対の「色絵花鳥文角瓶」、英女王所蔵の「松竹梅文六角壺」なども花綱や唐草で飾った豪華なオルモルの脚の付く台に据えられている。
 板作りは江戸時代からの技法で、手間がかかり割れやすいため、久しく行われていなかったが、古典的な美しい形の作品を生み出す。
 その他十七世紀後半に輸出されたと思われ柿右衛門様式のポット、壺、鉢の多くにオルモルが付けられた。
 古伊万里の角瓶を切断して宝石箱を作り、英国女王所蔵の「色絵人物方瓶」はオルモルをつけ香炉に改作されたものだ。壊れたものを切断し、改作している事から見て、大事にされていた品であろうと作品解説にコメントがある。 
 
柿右衛門様式の色絵磁器がヨーロッパに浸透していたことは同展に展示されていた油彩にもみられる。滑らかな絵肌で日常の光景を描くビター・マイヤーと呼ばれる十九世紀前半のバロック後の名画群の一つ、オーストリアの画家、フェルディナント・ゲオルグ・ヴァルトミュラーの『磁器の花瓶の花、燭台、銀器』(1843、油彩、板 47cm x 38cm)に描かれた花瓶は鳳凰、柴垣、花の柿右衛門スタイルの色絵を持つ。ピンクと白のバラ、オレンジのグラジオラスが生けられ、銀器に囲まれている。絵の中心に位置している花瓶はウィーンのデュ・パキエ窯でやかれたヨーロッパ製の柿右衛門と図録の解説にある。白い磁器の花瓶は、黒い背景と写実的な花、銀器の中で存在感を示している。よく見ると頸の付け根に黒いイモリ(?)が焼きつけてある。
花瓶の図柄は基本的なモチーフを配した柿右衛門様式初期の作品、オックスフォード、アシュモリアン美術館の「色絵花鳥文皿」とよく似ている。同様の図柄はマイセンにもある。
 
十七世紀に輸入された柿右衛門は、十八世紀に入って、宮廷や邸宅にバロックロココの豪華な空間を作り、人々の生活を飾る欠かせない要素となっていた。
 
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国立新美術館での東京展は昨年暮れで終了したが、「リヒテンシュタイン展―華麗なる侯爵家の秘宝―」展は現在高知で開催中、その後京都へ巡回する。ルーベンス、ラファエッロ等巨匠の絵画と共に、十六世紀からバロック時代の彫刻、工芸の名品を展示する。
高知県立美術館 1月5日~3月7日
京都市美術館 3月19日~6月9日
 
リヒテンシュタイン展」ヴァーチャル美術館:
www.asahi.com/special/liechtenstein/panorama/enlarge.html 
 

『宮廷の陶磁器―ヨーロッパを魅了した日本の芸術 16501750』(英国東洋陶磁学会編 同朋舎出版 1994