文様をうたう


江戸時代初期、初代酒井田柿右衛門が赤絵付けに成功して以来400年近く、乳白色の素地に明るい色絵を持つ柿右衛門磁器は広く愛された。日本の焼物の代名詞ともいえる柿右衛門が、大切な食器、高価な骨董、九十九神の宿る器、理想郷のシンボルなど、人々の抱く様々なイメージで描かれる国内外の小説、テレビドラマ、随筆、詩歌などを紹介する

 
柿右衛門窯の風物、その製品、壺や皿などとともに、特徴ある柿右衛門文様も詩歌のテーマとなっている。
 
楓の芽   与謝野晶子
やさしい楓の枝、小枝、
今、伸ばしはじめた
紅い新芽、
柿右衛門の手法と
芸術境を
正に此の楓は知ってゐる
 
かはいい小鳥の足とても、
こんなに繊細な
美くしさは持つてゐない。
珊瑚の小枝は是れよりも剛く、
紅い糸状の海草の或物は
是れに似て、併し柔軟に過ぎる。
 
楓の紅い新芽よ、
そなたのみである、
花と若葉の多いなかに
繊麗深紅の一体を立てて、
そのつつましい心と姿で
四月の太陽を讃めるのは
 
 
与謝野晶子1878-1942)の三節からなるこの詩(昭和9年発表)は、春先芽吹いたばかりの楓の新芽の繊細で美しい自然の造形を柿右衛門の文様と重ねてうたう。
本焼きの白磁の上に描く色絵文様は、素焼きに呉須で描く染付や、他の素材に描く絵と違い、絵具が地に浸みこまない。絵具は赤を除きガラス質で、濁手の地肌に、十四代柿右衛門の言葉で「ふわっとした」、「とろっとした」像をつくる。晶子は楓の新芽の完璧な自然の造形に、実際の色とは違う色を使うが、見る人、使う人の想像の中で生き生きした像を結ぶ柿右衛門の文様の芸術性を感じる。
 
柿右衛門作色絵花卉文八角鉢  及川均
三十三も四もある花弁の梅などを咲かせて。
縹茫としてしずんでいる。
性来なのだというふうに。
これ以上もうかわりようがないというふうに。
かるがるとしてしょうがないというふうに
 
日本未来派の詩人及川均(19131996)は柿右衛門の八重梅の花弁を数えたのだろうか。三十枚以上の花弁を付けた梅の花は現実には存在しないはずだが、そんな花を付けた梅の木はしっくり器におさまっている。
大きな八重梅は柿右衛門様式の主要な文様のひとつであり、種々のバリエーションで描かれる。花は大きく花弁の密集したほぼ円形で、正面を向いている。柿右衛門様式の特徴である、絵とデザインの中間のような意匠は、描き手の印象を直接表現している。英文学者児玉実英によると、描かれたものの位置、大きさなどに、「論理的関連性はなく並べられ、一つ一つのイメージが半ば独立して浮かんでいる、20世紀に起こったコラージュ手法に通じる」。(『アメリカのジャポニズム 美術・工芸を越えた日本志向』中公新書1995
大久保範子はその論文「江戸初期の輸出工芸品にみる花文様の共通性に関する一考察-柿右衛門様式の八重梅意匠を中心に-」で八重梅意匠は、1670年代の柿右衛門様式の完成期には「完全なる形であらわれている」とする。大久保によるとこのような八重梅は中国美術には見られず、鎌倉時代以降、大和絵など日本の美術に好まれて描かれてきた。柿右衛門様式の八重梅は、周辺窯でダリアのように大きいく描いたり、十八世紀になるとマイセン、ベルギーなどヨーロッパの窯で花弁の色を複数色にして描いた例をみる。
 
柿右衛門の鉢」  金子薫園
柿右衛門の鉢に散らせる唐子らは初春の日に出て遊ぶや
 
初春の日をあびてあそぶ唐子らはよく見れば手に梅の枝もてり
 
 金子薫園(18761951)は、和歌の革新を目指しあさ香社を創立した落合直文の門下で温雅な作風の作品を残した。柿右衛門の唐子が踊るように遊ぶ様子、晴れやかな気分がうたわれている柿右衛門の唐子文は鉢や皿と共に、徳利や瓶、花生に多く、愛らしいポーズの子供が広い余白の中に浮くように描かれる。
 
河豚刺にうっすら透くる柿右衛門  中島ひろし
 
濁酒酒井田柿右衛門の青   吉弘恭子 
行く秋をさらにとどめし柿右衛門   佐藤郁良
 
河豚の刺身から透けて見える皿の文様、濁酒を通したぐい呑の色、季節の珍味や酒に柿右衛門の器の文様が興を添える。
 
柿右衛門の壺」 桂静子
夕ごころ貧しきに浮かぶ紅に香のけふの名宝展の柿右衛門の壺  
 
京都に疎開していた終戦直後、展覧会に行き柿右衛門を見て詠んだ歌で、昭和二十一年から二十五年(19461950)までの作品を集めた歌集『花の素描』に収載されている。 歌人はあとがきに「戦後世相の中に追いつめられた境涯に身をおく女の生活日記のような作品」と書く。同じ折に、「名宝展にわが愛蔵もならべみて楽しむ人ら家も焼けずして」と詠む。
 
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「楓の芽」与謝野晶子 (出典『冬柏』1934 5月号、『晶子詩篇全集拾遺』青空文庫
柿右衛門作色絵花卉文八角鉢」及川均 (『及川均詩集・第十九等官』日本未来派発行所1950
柿右衛門の鉢」金子薫園 (『朝蜩』青磁社 1943
柿右衛門の壺」桂静子『花の素描』白玉書房 1959
俳句作品
中島ひろし(「末黒野2010 4月号 www.haisi.com/sugurono/index.htm 
吉弘恭子 (「あを」 2003 2月号www.haisi.com/saijiki/doburoku.htm )
佐藤郁良(『海図 佐藤郁良句集』 ふらんす堂 2007 
「江戸初期の輸出工芸品にみる花文様の共通性に関する一考察-柿右衛門様式の八重梅意匠を中心に-」大久保範子 (『芸術学研究』12号 筑波大学大学院人間総合科学研究科 2008