江戸時代のナノテクノロジスト


 
江戸時代初期、初代酒井田柿右衛門が赤絵付けに成功して以来400年近く、乳白色の素地に明るい色絵を持つ柿右衛門磁器は広く愛された。日本の焼物の代名詞ともいえる柿右衛門が、大切な食器、高価な骨董、九十九神の宿る器、理想郷のシンボルなど、人々の抱く様々なイメージで描かれる国内外の小説、テレビドラマ、随筆、詩歌などを紹介する。

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アメリカの国立スミソニアン博物館の月刊誌「スミソニアン19986月号に掲載された新日本製鉄(現・新日鉄住金)の広告コラム“The Wonder of Iron”(鉄の不思議)シリーズの第八話‘Red Iron in Pottery(磁器の中の赤い鉄)は柿右衛門磁器の色絵の赤を生み出す酸化第二鉄(Fe、ベンガラの主成分)に焦点を当て赤絵付のメカニズムを紹介する。
柿右衛門の赤」は磁器を彩り、十七世紀オランダの東インド会社によってヨーロッパに伝えられ、人々を魅了し、陶磁器産業に大きな影響を与えた。
若き化学者高田利夫が柿右衛門の赤に魅了され、この色がどのように得られるか、その謎を解こうと決意し、初代柿右衛門が試行錯誤の末、成功した赤絵付を初めて科学的に解明した。今から半世紀程前のことである。
高田は柿右衛門の鮮やかな赤と他の赤との違いは酸化鉄の一種、ベンガラの粒子の大きさの差であり、ガラス質の融材と混ぜ粉砕した粒子の径が小さくなるほど鮮やかな赤を発色するとし、黄色味を帯びた赤を生み出す粒子は650オングストロム、鮮やかな柿右衛門の赤を生み出す粒子は700オングストロム(=65ナノメートルから70ナノメートル)と測定した。1ナノメートル10億分の1メートルである。
佐賀県窯業技術センター所長勝木宏昭によると、鮮やかな赤を生み出すベンガラ粒子は、1650年から1670年頃の破片の調査で、50から150ナノメートルトと測定され、A型インフルエンザウイルス(80から120ナノメートル)の大きさに近いという。普通は長方形やひし形で角があるが乳鉢でよく摺り磨かれて角がない。
 
[ベンガラ粒子の]サイズの差は微細であるが、肉眼では色の違いははっきりと見える。(筆者訳)
 
柿右衛門窯は上絵の花弁などに使う華やかな赤、少し濃い輪郭線を引く赤とその中間、柿の実などに使う赤の三種の絵具を使い分ける。これらの赤は柿右衛門家の開発した濁手と呼ばれる乳白色の素地に美しく映える。赤絵具はガラス質の融材の割合が少なく、又ベンガラは焼成時融けないで粒子として残り、色ガラス化しないので微妙な濃淡表現ができる。
 
[後に京都大学岡山大学の教授を務めた]高田博士の研究は現代陶磁の絵付のための鮮やかな赤絵具の開発やコントロールの難しいセラミックスの研究に発展した。百万分の1センチの差が日用品の世界を変えている。材料科学やマイクロ電子工学に於いて、今や顕微鏡的極微の世界を無視することはできない。(筆者訳)
 
著者松尾義之(科学者ジャーナリスト、現・白日社編集長)はコラムをこう結ぶ。
新日本製鉄は創立百周年を記念して、1990年代半ばから十年余りこの広告シリーズをスミソニアン誌と共にウエブに掲載した。
 
酸化鉄、ベンガラの研究を引き継いだ高田の子息高田潤岡山大学教授は「[柿右衛門]筆使いひとつで色調を変えていたのは本当だった。柿右衛門の技はナノ粒子を操った江戸時代のナノテクだ」と語る。
 
スミソニアン誌のこの記事を目にした理科教師を目指すアメリカ女性が柿右衛門の赤を生み出す鉄の化学を研究のテーマに選んだ。
彼女の研究は高田利夫の研究が、その後ベンガラ製造時の副産物である磁性粉に展開し、録音テープやVHSテープに実用化されていることに拡がり、高田潤教授のインターネットを通しての指導も得て充実したものになった。
この研究はアメリカの理科教育界で大きな注目を集めた。初等、中等学校の理科指導の為の大学教育の指針を示す“College Passways to the Science Education Standards (2001)に、多様な個々の生徒が主体となれる包括的教育、インクルージョン教育の為のプログラムの参加者の成果として報告された。
同じく鉄の酸化還元反応を基礎としたネイティブアメリカンのバスケットの染料の研究と共に、地域に根ざした素材や伝統技術を取り込んだことは、理科の授業を成功させる鍵となると高く評価された。
 
1999年のフランスのイエアで開催された NATO アドバンス・リサーチ・ワークショップ、2011年のイスラエルで開かれた色彩科学シンポジウムに於いて、鉄の色彩科学として柿右衛門の赤の研究が発表された。
 
「赤が一番難しい」と、十四代柿右衛門は『文芸春秋200110月号の「日本の顔」のインタビューで語る。又、「ふるい原料を伝統的な手仕事、年季の入った職人の技術と感で作ると不純物は完全に取り除けないが、それが作用して美しい赤になる」、「まだ江戸時代の美しい赤を作ることはできない」と語っていた。絵具に関しては十四代柿右衛門の『余白の美』に詳しい。
高田潤の分析では、江戸時代製造した吹屋ベンガラにはアルミニウム、ケイ素、硫黄が混ざっている。
 
トルコ・トプカプ宮殿のタイルの「トマト赤」と呼ばれる赤、フランス・リモージュの磁器の赤もベンガラの色である。寺井ガラス技術研究所の寺井良平によると粒子径や、焼成温度は、柿右衛門の赤と同じ位と推定されるが大量にシリカを含有している絵具は溶融せず表面の透明釉の下に赤土の状態で焼結する。
 
七宝職人もナノテクノロジーを操った。NHK「極上美の饗宴:世界が驚嘆したニッポン ハリリ・コレクションの工芸」(201111月放送)は尾張七宝の赤透(あかすけ)の謎を明かした。ルビーの輝きを持つと言われ、ヨーロッパで珍重された赤透はガラス質の基本原料に微量の金を混ぜ焼成すると、金の粒子径が10ナノメートルの時だけ赤く発色、それより小さいと無色になってしまい、逆に大きければ金色になる。試行錯誤を繰り返し、明治十三年(1880)、太田甚之栄(おおたじんのえ)が釉薬の開発に成功した。焼成も大変難しい色だという。
 
「赤絵具は長く摺れば摺るほどいい赤が得られる」と言い伝えられていますが、先達は酸化鉄の長時間粉砕、フリット[ガラス質の融材]の均一な混合により今日の赤絵技術の基礎を経験的に発達させたと推測されます。現在サイズが10から100ナノメートルの金属やセラミックの微粒子が容易に合成できるようになり、携帯電話、高画質テレビ、パソコンなどの最先端電子機器に利用されて種々のナノテクノロジーが私達の情報社会を支えていますが約400年前に私達の先達は有田で既に赤絵のナノテクノロジーに果敢に挑戦していたようです。(「科学で探る有田焼先達の知恵」勝木宏昭)
 
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The Wonder of Iron-8  Red Iron in Pottery” Yoshiyuki Matsuo (Smithsonian 1998 June)
College Pathways to Science Education Standards Ed. Eleanor D. Siebert  and William J. McIntosh  (National Science Teachers Association Press 2001)
「科学で探る有田焼先達の知恵」勝木宏昭(「科学が明かす江戸期・赤絵具の謎」刊『皿山』 通巻85号 有田町歴史民俗資料館 2010www.town.arita.lg.jp/uploads/file/sarayama2010-03.pdf)
「ガラスに出会う トルコ青とトマト赤(2)-トプカプ宮殿のイズニック・タイル-」寺井良平(『マテリアルインテグレーション』Vol19  No.05  2006www.tic-mi.com/publ/essay/terai/0605terai.pdf